茜町春彦パーソナルメディア

投稿は不定期です.

1話配信

『奥歯』
小さな森の桜の木の根元の穴の中に住んでいるモグラ君は、2ヶ月くらい前から悩んでいました.左下の奥歯が浮いているような感じがしていたのです.歯医者に行くべきだと分かってはいましたが、ずるずると先延ばしにしていました.

ある朝、歯を磨いたとき歯ブラシに血が付いているのに気づきました.「あぁー、歯茎から血が出てる」と鏡を見ながら嘆きました.目の前が真っ暗になったような気がしたのです.(モグラだけに)

気持ちはガックリと落ち込みながらも、これ以上先延ばしには出来ないと思い、決心をしました.住み家の向かいにあるハリネズミ歯科医院へ電話を掛けました.診療の予約をしたのです.

予約当日、モグラ君が、地面の下の住み家から這い出てきました.距離的には近いが精神的には遠い、すぐ向かいの歯科医院まで、しょんぼりと肩を落として歩いて行きました.

「こんにちはー、もぐらですー」
「こんにちは.こちらへどうぞ」
「先生、歯茎に出血があるので診てください」
「痛みはあるのかね」
「違和感がありますが、痛いというほどではありません」
「それじゃ、口を開けてね」
「・・・」
「これは歯周炎だね.あらら、奥歯にひびがはいっている」と言って、ハリネズミ先生は器具を使って左下奥歯の歯周ポケットのクリーニングを始めました.
「・・・」
「痛かったら手を上げてね」
「・・・」
「ハイ、これで終わり.口をゆすいでください.結構出血してるけれど、驚かないでね」
「先生、抜かなければ駄目ですか」
「歯周炎の方はこれで治ると思うけれど、奥歯はひびが入っているからね.どうしようかね.とりあえず来週まで様子を見て、痛みが出ないようなら、ひびに樹脂を流し込んで固めて仕舞おう.痛みが出るようなら抜歯だね」
「はい、わかりました」
「それでは、また来週ね」

モグラ君は支払いを済まして外に出ました.
「抜くことになっても、ならなくても、ともかく来て良かった」と呟いて、口笛を吹きながら帰って行きました.

原因が分かり、対処法も分かったので、目の前が明るくなった気がしたのです.